福岡でピッツェリアの文化をつくる
「L'Antica Pizzeria da Michele 福岡」(以下、ミケーレ福岡)を任されたのは、日本一号店ミケーレ恵比寿がオープンしたのち店長をしていた株式会社グローリーブス代表取締役社長 本多威悠(ファビオ)*だ。単身福岡へ向かい、オープンまでに一ヶ月現地の人と関係を築いた。
*バルニバービではミケーレやイタリア料理に特化した店舗に所属するとイタリア名がつけられることがある
ファビオ:食材は地場のものを使いたいという思いがあったので畑や漁港などを回って人脈作りに力を入れました。時には畑に行って仲良くなった人の稲刈りを手伝ったことも。もともと鹿児島とナポリが姉妹都市だったり地域性や属性が似ている部分がある。食のレベルが日本一高いところというイメージもあったので、きっとミケーレのマリナーラ、マルゲリータは理解してもらえるだろうという気持ちがありました。
ミケーレではナポリピッツァの真髄であるマリナーラとマルゲリータを一切アレンジを加えず製造している。ピッツァの素材である粉、チーズ、トマト、オイル、ピッツァ窯はナポリより輸送。シンプルながらこだわり抜いたこの2枚のピッツァは世界中で愛されている。
オープン当時はテレビや雑誌の取材も多く、店前の通りに人が並べないほど混み合い、いいスタートをきったミケーレ福岡。しかし、徐々に客足は遠のいていく。
ファビオ:福岡の方々って新しいものや食への感度が非常に高い。話題の新店へのリサーチも欠かさず、まず行ってみるというスタンスです。だからオープンしたての頃並んでいるのは普通。それ以降どうするかが鍵だったんです。
理解してもらえると思った場所で思うように売り上げが伸びない。
ファビオ:東京だとピッツェリアの文化はすでにあって、ピッツァの専門店というブランド価値を理解していただけた。福岡はもともと和食の街。ピッツァだけのピッツェリアもほぼないんです。パスタがないっていう理由で帰ったお客様は4年間で数えきれない。
悩んだ末のオリジナルメニュー
マリナーラ、マルゲリータの美味しさを知ってもらうには店に来てもらわないと始まらない。ミケーレの伝統も守りつつ、福岡の人に受け入れられるにはどうしたらいいか。スタッフで吟味に吟味を重ねた。もともとお酒をよく飲むという地域性もあり、恵比寿よりもアンティパストの種類を増やし、飲み放題等のサービスにもチャレンジした。
ファビオ:僕はいかなる状況であれ、このミケーレ福岡っていうのは絶対素晴らしいお店だと思っているし、たくさんの人の思いがあって作り上げてきたお店なので、マリナーラ、マルゲリータをまず食べていただくっていうことが最も重要な要素。本店や恵比寿でやっていなかったことを福岡でやることにかなり悩みましたが、その入り口があることでミケーレに来て、そしてナポリを感じることができればいいのではないかと考えるようになりました。
昨年グローリーブスに入社し現在取締役として活躍する芳井啓太(ジローラモ)はもともと地場の人間。豊富やメニューや飲み放題の追加などの需要の高さを理解している。
ジローラモ:福岡の人って美味しいものをなんでも食べたいんです。他の店を見てもメニュー数はとても多い。それに慣れてるんです。もちろんマリナーラ、マルゲリータは絶対食べてほしい。でも入り口は広い方がお客さんは来てくれる。最終的にピッツァの魅力が伝わればいいと思うんです。
そしてもう一つファビオの頭を悩ましたのはピッツァを切って出すかどうか、だ。本店も恵比寿もミケーレでピッツァを切って出すことはない。ナポリでは一人一枚ピッツァを頼みナイフとフォークで食べるからだ。しかし、福岡では切っていないピッツァは「不親切」だと思われかねない。
ファビオ:福岡の飲食店のおもてなし精神は非常に高い。どんな店でもお客さんにストレスをかけることは基本的にしません。良し悪しではなくミケーレの伝統を伝えることと地場の人たちが当たり前に受けているサービスには乖離があると感じています。
現在、ミケーレ福岡ではピッツァはテーブルでスタッフが切り分けている。それでも「切ってくればよくない?」と余計なサービスに捉えられることがあるのだ。
ジローラモ:地場の人たちの当たり前に合わせて切ってはいるけれど、伝えたいんです。本当はナポリでは切ってないし、イタリア人はナイフとフォークで一枚食べるんですよって。嫌味ではなく、ナポリの文化を感じてほしい。
違いをリスペクトし合うスペシャリスト
ミケーレ福岡は現在新しいスタッフたちで新しいミケーレをつくろうとしている。GARB LEAVSからミケーレ福岡に移籍したレオも始めはピッツァをつくったこともなかったが、現在ピッツァイオーロとして店を切り盛りしている。
レオ:ミケーレ横浜の店長でディプロマ*を持つアレッシオさんに教わりました。最初は何を言っているのかわからなかったんですけど(笑)生地を触っていくうちに「生地が生き物」だということがわかる。日々、ピッツァの奥深さを感じています。いつかディプロマを取れたらいいなと思います。
*ディプロマ...ナポリ本店関係者がその知識・技術を認めたもののみに発行する資格
ミケーレではキッチンもホールも垣根がない。ピッツァイオーロであるレオもホールに出て料理を提供するし、ホールでサービスするジローラモがサラダ場に入ることもある。
ファビオ:基本的に全員が全ポジションできたら強いじゃないですか。僕もホールにいたり、ゲートにいたり、ピッツァを焼いたり動きまわります。お互いにいろいろなことをリスペクトしながら全員が勉強し合っていけばすごいチームになる。相手の気持ちがわかるじゃないですか。こんなに一から野菜切ってるんだな、とか。手が空いたらホールを手伝えばいいし、お客さんが落ち着いたら仕込みを手伝えばいい。やってはいけないなんてルールはないんです。
福岡で愛される店になるためには
ジローラモ:福岡ってどこ行っても美味しいんですよ。どこ行っても提供は早いし、どこ行っても安い。それが当たり前なんですよね。評価で「よい」「普通」「よくない」「最悪」とかあるじゃないですか。福岡では「感動」かそれ以外かしかない。また来てもらうには感動をつくっていくしかないんです。
美食の街・福岡では飲食店のレベルが軒並み高い。他県からきたお客様は「ここまでしてくれるんだ」と思うかもしれないが、福岡では普通のこと。そんな当たり前を持つお客様をどう感動させるのか。
ジローラモ:お客さんのことをまず見ます。とてもよく見る、見逃さない。ものを落としたりとか、こぼしたりとか、むせたりとか、目線だとか、そういったこと全部見ています。何かあって絶対来てるわけじゃないですか。デートなのか打ち上げなのか、友達のとランチなのか、嬉しいことがあったのか。そんな瞬間を最高に喜んでもらえるように演出したい。「ミケーレに来た」というドラマの中で何か感動があるようにお手伝いしたいんです。
重要なのは「欲しいことを言わないのにしてくれた」と思ってもらうこと。それが1番嬉しいと感じさせることができる。
レオ:ピッツァ場からは特にお店全体を見渡すことができる。中を見て、外を見て、お客さんを見て。とにかく来てくださったお客さんに対してどれだけ向き合っていけるかだと思うんです。
まるでナポリに来たように特別な時間を楽しむことができるミケーレ福岡。それはスタッフたちが小さなことも見落とさず、お客様の「今」を楽しませることに本気だからだ。
ファビオ:ミケーレは僕にとって自分を成長させてくれた場所であり、自分というパフォーマーを生み出してくれた場所。僕の原点です。これからもピッツァのディズニーランドとして、ナポリから継いできたものをしっかり継承して、お客さんを心の底から楽しませたいですね。