こんにちは! 研究員の鎌田です。バルニの社窓から~バルニバービ女子~第2回は今年の4月に産休から戻り、現在時短で働いている運営本部 船渡さん。「なんでも屋さん」と呼ばれるの彼女のバルニバービストーリーとは?
現場を支える仕事
現在、株式会社バルニバービ 執行役員 兼 株式会社バルニバービウィルワークス 代表取締役 石倉 治さんの秘書 兼 子会社本部として様々な業務をこなす船渡さん。具体的にどのような仕事をされているのでしょうか?
船渡 一番大きな仕事は、人材・採用の窓口ですね。求人をどこでどのタイミングで掲載しようかとか、採用後は入社までのフォローをしています。でも、本当に色々やっているんです。石倉さんも社外の人に私を「うちのなんでも屋です」って紹介しますから(笑)
基本的に自分の仕事は、現場のスタッフが100%お客様に向かっていけるような環境をより近くで作るということだと話す船渡さん。
船渡 どこの会社もそうだと思いますが、本部と現場ってどうしても温度差がある程度できてしまう。忙しかったり、書類の締め切りがあったり、お互いの事情をわかりあえずにすれ違ってしまうんですよね。でもそれって一緒に店舗、会社を作っているのにすごくもったいないじゃないですか。私はその溝というか温度差をなくす役割として、例えば本部にお願いすることでもないけど現場では少し困っていることとか、逆に現場からなかなか書類が上がってこなくて本部が困っていたら私が作成したりしています。
株式会社バルニバービウィルワークス 船渡 麻友 2011年5月アルバイトとしてバルニバービへ入社~Cielo y Rioのホールデシャップを担当。 2014年にバルニバービスピリッツ&カンパニー運営本部へ異動。2016年、株式会社バルニバービウィルワークス運営本部へ
天職を見つける方法
船渡さんは元々Cielo y Rio(以下、シエロ)でデシャップとして働いていました。お客様にちゃんと料理が提供されているか、キッチンとホールをつなぎ営業をコントロールする重要な役割であるデシャップ。当時シエロのシェフであったバルニバービ スピリッツ&カンパニー株式会社 代表取締役 松城泰三さんには「お店の心臓部分がお前だぞ」と厳しく育てられたそう。
船渡 泣きながら頑張ってましたね(笑) ただ、その時からお客様に向かっていくというよりもどうプレイヤーを活かすか、プレイヤーがやりやすい環境作りをアシストする方が自分に向いているなと思っていました。松城さんが社長になるタイミングで私も秘書になりました。まさか自分が現場から離れることになるなんて思ってなかったです。
船渡さんは飲食の専門学校を卒業後、別の会社でバーテンダーとして活躍されていました。
船渡 当時からずっと飲食で働いていきたいと決めていたんです。学校でお酒のコースがあって、私はまだ18歳だったのでお酒の味とかはわからなかったけど、一杯にかける思いに惹かれました。バーテンダーはお客様が今までどこでご飯を食べてきたのか、今日どんな1日を過ごしてきたのかとかを考えて一杯を作ります。例えば「この人口説こうとしてるからこんな感じのお酒にしてあげよう」とか。そのお客様にとっては何杯か中の一杯かもしれない。それでもこの一杯を考え抜いて作るんです。それがすごいなって、自分もやりたいと思って始めました。一つのことを掘り下げるのが好きなんです。
結構職人気質なところがあると話す船渡さん。現場に戻りたいとは思うことはないのでしょうか?
船渡 ないです(笑)今の仕事が天職だなと思っているので。一つのことを掘り下げるのも好きなんですけど、いろんなことに顔を出すのも好きなんです。今の仕事は、よく言えば自由。いろんなところに顔を出して多くの人に関わりながら、自分がこれをもっとやっていきたいと思ったら深掘ることもできます。
プレイヤーからプレイヤーを支える立場になり、そして現場を離れさらに大きな枠で現場を支えていく。いつも誰かのために動く船渡さんだからこそ裁量を任されているのかもしれませんね。
出産・復帰という選択
船渡さんは今年の4月に産休から戻られました。「復帰」を選んだ彼女ですが「辞める」ということは考えなかったのでしょうか?
船渡 うーん、そうですね。バルニバービじゃなかったら多分辞めていたかもしれません。今の仕事が天職だと思った上での、ですが。復帰の時期はすごく迷いましたが、出産直後から石倉さんには復帰したいと伝えていました。
船渡さんの旦那さんも飲食業で働いています。帰りの遅い日も多く、ご実家が遠い船渡さんは育児について誰かに相談することも難しかったと話します。
船渡 子どもが泣いてしまって、書類一つ書くのも書けないんです。おんぶすると楽だと聞いてはいたんですが、初めての子どもでおんぶするのも怖かった。どうしたらいいのかわからなくて、それを教えてくれる人もいないし毎日泣いてましたね。最初の頃は、生後数ヶ月で保育園に預けるのはかわいそうだと思ったんです。でも今となっては良かったなと感じています。私の心が安定したことで全てのバランスが取れてきたと思います。
家族にとって、自分にとって大事なことを考え復帰の道を選んだ船渡さん。現在は時短で働きながら、家族の時間も大切にしています。
船渡 飲食業の女性って出産したら仕事は続けられないイメージがある。でも結婚しても出産しても今まで通り働きたいって人もいますね。そういう働ける環境はバルニバービだからこそ実現できると思うんです。社風として「なりたい自分になる」が根付いているから、自分の働きやすい環境も作ることができる。
船渡さんは最近美容師さんに「家庭感がないよね」と言われたそう。それがすごく嬉しかったのだと話します。
船渡 妻であり母親でもありますが、一人の女性として輝きたいという思いは今でもあります。出産しても働けて、さらに女性として輝くことができる。自分自身を深めることができるのはバルニバービだからじゃないかなって思うんです。
バルニバービでは様々な「道」を選ぶことができます。例えば一つの店舗で行き詰まってしまった時、店舗やグループ内で会社を異動する道もある。別の何かにチャレンジしてみたくなった時、一旦正社員からアルバイトや限定社員に働き方を変えてみることもできる。飲食を通してなりたい自分になるための道は無限に広がっています。
最後にバルニバービで働く女子たちにメッセージはありますか? と聞くと、船渡さんはこう話してくれました。
船渡 なりたい自分になるってすごく難しい。私はなりたい自分にならせてもらえたという感じなんです。松城さんと石倉さんの存在がすごく大きくて、松城さんには人格形成までしてもらった。私すごくツンケンしてたんです(笑)産休の間は、石倉さんがいい意味で頻繁に連絡を取ってくれたので復帰への不安もあまりありませんでした。20代~30代は身体的にもどんどん辛くなっていくし、精神的にも将来のことを考えてしまって悩みは尽きないと思います。立ち止まってしまう。だけど、誰かいますから。自分に共感してくれたり自分を救い上げてくれる人がこの会社の中に誰かしらいるから。だから、店舗の中だけでなくいろんな人と話して、いろんなコミュニケーションを取って、人の手ではなくて自分の手で道を開いて行って欲しいと思います。