皆さんは「蔵前」というエリアをご存じだろうか?浅草から歩いても10分程度、江戸時代から続く歴史ある下町であり、また最近はおしゃれなカフェや雑貨店などができモダンな雰囲気が漂う街だ。我々の東京事務所、また東京の旗艦店でもある「シエロ イ リオ」、卓球バー「リバヨン」、ルーフトップバー「プリバード」の3店舗と約100平米の多目的スペースを備えた7F建て複合施設「MIRROR」ができて10年目に突入したところだ。ここ最近では取材を受けるときには必ずと言っていいほど"東京のブルックリン"、"イースト東京"などのキーワードとともに紹介されるが、10年前私たちがここにやってきたときは店前通行量が土日でも40名ほどの静かな街だった。
未知なるエリア、「蔵前」との出逢い
もともとバルニバービは大阪からはじまった会社で、東京に進出してきたのは15年ほど前のことだ。東京1号店は、東京タワーを真上に見上げるテラスを持つフレンチレストラン「GARB pintino」。当時の東京タワーは観光名所の一つで、東京に住む人たちにとっては近いがゆえに、わざわざくるような場所ではなかった。それもあってか、幻想的に光る東京タワーを真下から眺めながら食事を楽しめるレストランとして、「GARB pintino」は開業と同時にまたたくまに大繁盛の店になった。しかし繁盛した結果、この場所の家賃は高騰し、定期借家契約を理由に我々は出ていかざるを得なかったのだ。移転先を探しつつも、ある時ひょんなことから山手線に乗ったとき、東京の"東"に位置する駅名を目にすることになった。御徒町、秋葉原、浅草橋・・・。「東京」イコール渋谷区、港区を中心とした"西"とばかり思っていたからこそ、とても魅力を感じたと佐藤は言う。それからは東京の"東"エリアで物件を探す日々。そんな中、出会ったのは蔵前にある600坪・築40年(当時)の物件。主要な通り(江戸通り)から1本入った裏通り、浅草が近いながらも、とても静かで人がほとんど通らない。けれど目の前は隅田川と遮るものない広い空が広がり、晴れた日は川の水面が太陽に反射しキラキラと光り、夜はレトロな橋や高速を走る車が放つ幻想的なライトアップと共にリバービュ―を楽しめる。こんな絶好のロケーションが他にあるだろうか。未知なるエリアの「蔵前」という場所で飲食を営む覚悟は、『ここにカフェがあれば間違いなくいく。行きたい』そんな思いだけだった。
新しい「TOKYO」の発信基地として誕生した「MIRROR」
2010年秋、契約完了と同時に7階建て一棟ビルのリノベーションが始まった。リノベーションする前の建物は、川沿いにあるにも関わらず窓がなく、窮屈な空間だった。というのも、40年ほど前の隅田川は汚濁していて、川を眺めるような状況ではなかったそうだ。壁一面を取り除き、テラスを設け、元倉庫ならではの躯体を活かし、ファブリックや照明などでにぎやかさを加え、お客さまが自由に寛げる空間を作り出した。
またアイコンでもあるファサードのピンクは、建築家の永山裕子さんによるもの。ピンクを通して見ると、視覚的にモノクロのように見えるのを利用し、このファサードを通して見える街並みは、モノクロの旧の世界。対して東京スカイツリーや「MIRROR」をはじめとしたファサードから先は新しく広がる世界。東京の東と西側を「新・旧」に例えて東京の世界観を表現した。開業直前の2011年3月11日に、いたましい東日本大震災が起こり、開業には遅れをようしたが、予定より1か月遅れの4月11日、開業を迎えた。自社ビルとはいえテナントはカフェが1軒とバルニバービの東京オフィスのみでオープン。未完成ではなく、これからどんなものがあればいいのか、ワクワクした余白をもたした状態でのオープンであった。その後チャリティを兼ねたお披露目の会では雨の中700人以上が訪れ、それからは町内の会合やママ談義に花を咲かせる場所、オフィスワーカーの胃袋を支える場、若手クリエイターの集いの場・・・たちまち「MIRROR」の存在は広く知られることとなった。
街の風景となる店づくり
「地域に愛される」―言葉でいうのは簡単だが、並大抵にはできない。シエロイリオも開業前から少しずつ町内の方々との交流をしながら、開店2年目以降は町内会の祭りの御神輿も担がせてもらえるようになった。地域の方々に受け入れていただけた、ということだろう。その土地、その街、そしてそこで暮らす人々にとって、わざわざ"行きたくなる何か"を考え、作り出し、そしてそれを街と共に育んでいく。その地域の風景となる店であるために。
かつて5年で退去せざるを得なかった「GARB pintino」での思いは形を変え、受け継がれている。この店がこれからの10年、20年、今まで来てくださったお客さまのお子さんや、もしかしたらお孫さんときてもらえるような、次世代に繋がる場所になっていくことを願って。特別なことは何もしていません。海外の有名なブランドを持って来たわけでも、一大プロモーションを繰り広げたわけでもありません。
『街に根ざす飲食の施設でありたい』―そして街と思いをつなげる。それがバルニバービの店作りなのです。