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大津市とJR西日本そしてバルニバービ3者の連携プロジェクト

大津市とJR西日本そしてバルニバービ3者の連携プロジェクト

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京都で生まれました。 古い織物の町、西陣に隣接する商店街にある生家は一階が菓子店、 二階が住まいという少し前の日本の至る所で見られた商売人の源スタイル。また友人のお家は機織りの音が子守唄、京都が伝統工芸都市だった頃です。 それがいつの間にか伝統産業が観光業にシフトして、国内最大かつ世界的に見てもトップクラスの観光都市として機能するようになりました。そのことは勿論京都の存在価値を明確にする歩み方です。事実、文化庁の機能は京都に移転です。 しかし昨今の京都はそこに住まう人々にとって決して心地よいだけではありません。特に花見、紅葉の季節の観光エリアの道路事情はどうしようもありません。秋の嵐山の店への追加納品は電車に乗って運んでってことも・・・ そんな中、JR西日本社から、大津駅に関しての開発情報を得ました。 寂しくなった大津駅を行政と組んで全面生まれ変わらせる!!そこに参加しないか? と 東京に拠点を移している僕にとって、その頃滋賀・大津はすっかり馴染みの薄い町になっていました。 それこそ高校生の夏休み、琵琶湖でのキャンプは楽しみの一つだったのに・・ 久々に訪れた大津駅、京都駅からわずか普通電車8分の旅は、僕を少年期に連れ戻してくれました。 そこでは今の僕より若かった父や母が店先に立ち、町内会が機能していた町の息吹のある、そしてどこか力の抜けたそんな空気感そのままがゆるやかに漂っていました。 感じる懐かしさは切なさと優しさのない交ぜ。京都が少しばかり忘れてしまった大切なもの・・・ それから歩き回りました。 琵琶湖、なぎさ公園、石山寺、三井寺、百町商店街、瀬田の唐橋・・・ 『大津にはわざわざ足を運ぶ意味がある。』 そして大津市長との邂逅。越市長と語りました。何度もミーティングの時間とってもらいました。 そして、いつしか市長の左記の思いを我々が少しでも形に近づけれるのではと思うようになりました。 『これまでのありきたりの「県庁所在地の駅」ではなく、全く新しい発想の駅、大津にしかない「世界から人の集まる駅」をつくりたいという思いが芽生えました。そして、駅だけ新しくなっても意味がない。佐藤社長の「大津のまちなかには、すばらしいものがたくさんある」というお言葉を聞いて、「世界から人の集まる駅」を「世界から人の集まるまち」につなげたい』 思いは分かちあえました。 そしてこれはこれからの地方創生の一つのあり方を提示できるものかもしれないとも自負しております。 大津市とJR西日本そしてバルニバービ3者の連携プロジェクト10月1日発進です。

WRITER 佐藤 裕久

京都市上京区生まれ。神戸市外国語大学英米語学科中退、1991年 バルニバービ設立、代表取締役に就任。現在、東京・大阪をはじめ全国に90店舗(2021年1月末時点)のレストラン・カフェやスイーツショップを展開。著書に『一杯のカフェの力を信じますか?』(河出書房新社)『日本一カフェで街を変える男』(グラフ社)がある。